はじめに

ここまでの5話で見てきたのは、地球上の話だった。自給率37%の食料、6%の大豆、フィリピンの小農が背負った借金、法律を通さずに約9倍になった軍事支援、そして85兆円の対米投資。

今回は、舞台が地球の外へ移る。月である。しかし、構造は同じだった。

  1. 宇宙戦略基金——1兆円の箱

2024年、JAXAに「宇宙戦略基金」が設置された。文部科学省・経済産業省・総務省の3省が共管し、10年間で1兆円を民間企業・大学の宇宙開発に投じる枠組みである。

参照(JAXA宇宙戦略基金):
https://fund.jaxa.jp/

第1期(2024〜25年度)で22テーマが採択された。主な顔ぶれは以下の通り。

・Space Compass(NTT・スカパーJSAT共同):光データ通信衛星網/約235億円
・ispace:月面着陸船の大型化・高頻度輸送/約200億円
・アストロスケール:デブリ除去・衛星寿命延長/約120億円
・三菱重工業:ロケット輸送の低コスト化/約80億円

ispaceは2023年4月、民間企業として世界初の月面着陸を目指して失敗した企業である。その2年後、国の基金から200億円規模の支援が決まった。失敗は投資の妨げにならない。むしろ「実績」として次の配分の根拠になる。

ここで注意しておきたいのは、公開されるのは採択後のPRシートだけだということである。選定会議の議事録も、委員の名簿も、落選企業の一覧も出てこない。第4話のOSA、第5話の85兆円と同じく、結果だけが発表される。

  1. 月面で「農業」を検討する人たち——名簿のないワーキンググループ

JAXA宇宙探査イノベーションハブには、食に関するワーキンググループが2つある。

月面農場ワーキンググループ(2017〜2019年活動):
https://www.ihub-tansa.jaxa.jp/topics/Lunarfarming.html

月面フードシステムワーキンググループ(2024年〜):
https://www.ihub-tansa.jaxa.jp/topics/lunafoodsystem.html

「月面農場」は、月面での植物栽培・閉鎖環境での食料生産を検討するWGである。「月面フードシステム」は、調理・供給・廃棄まで含めた食の全体設計を扱う。

そして、両WGに共通する点がひとつある。委員の名簿が公開されていない。

探査ハブ全体の共同研究参加企業——花王、高砂熱学工業、日立建機など——は公表されている。しかし、月の食を決めるWGの構成員は見えない。第5話で見た対米投資の選定プロセスと同じ形である。決める人が見えないまま、枠組みだけが作られていく。

  1. 月の水は誰のものか

2028〜2029年度、日印共同ミッションLUPEXが打ち上げ予定である。月の南極域に着陸し、永久影のクレーター内にあるとされる水氷を探査する。日本側はH3ロケット(三菱重工業)と350kgの探査ローバー(三菱電機)を担当する。インド側(ISRO)が着陸機を担当し、ミッション期間は約3.5か月、最大1年を想定している。

では、月の水が見つかったら、それは誰のものになるのか。

日本を含む署名国が合意したアルテミス合意(2020年10月13日)の第10節「宇宙資源」は、こう定めている。

宇宙資源の抽出・利用は、宇宙条約における国家による占有の禁止には該当しない

つまり、「先に採った者のもの」という解釈が公式に認められたのである。さらに第11節では「安全区域」の設定が認められ、他国の活動を事実上排除できる。採掘主体の「専有情報」は保護対象になる。

参照(Artemis Accords 英文原本):
https://www.nasa.gov/wp-content/uploads/2022/11/Artemis-Accords-signed-13Oct2020.pdf

第2話で見たセラードの大豆農地——先に開拓した者が広大な土地を手に入れた構造——と同じ原理が、月にも持ち込まれた。ただし今回は、国際法の文言として明文化されている。

  1. 月の暮らしを支える企業——水、食料、そして氷

月面で人間が暮らすには、水、食料、そして低温保存の設備が必要になる。宇宙ステーションでの食事を支えてきたのはJAXAの「宇宙日本食」認証制度で、26社47品目が登録されている。

参照(JAXA宇宙日本食 認証食品詳細情報):
https://iss.jaxa.jp/spacefood/about/japanese/detail/

この名簿に、ホシザキは含まれていない。国内の商用製氷機市場の59.1%、業務用冷蔵庫の46.4%を握り、世界の製氷機市場の約3割を占めるこの企業は、宇宙食の認証企業一覧にも、月面WGの公開情報にも名前がない。

ところが2026年6月、大企業特化ファンドJAC(産業革新投資機構=政府系ファンドの系譜)がホシザキに約200億円・約3%の出資を行った。同社の中期戦略は「飲食以外の市場への展開」を明記している。

参照(日本経済新聞・JACのホシザキ出資):
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO96954820W6A610C2EE9000/

月面で生活が始まれば、水の採取、浄化、氷、低温保存——全てが必要になる。今のところ、ホシザキと月を結ぶ公開された証拠は何もない。あるのは、政府系ファンドがこの「低温・衛生インフラ企業」に200億円を入れたという事実だけである。監視項目として記録しておく。

  1. 問い

・宇宙戦略基金1兆円の選定基準と議事録は、なぜ公開されないのか
・月面農場WG・フードシステムWGの委員名簿が非公開なのはなぜか
・「月の資源は先取者のもの」というアルテミス合意に、日本は誰が、どの手続きで同意したのか
・水・食料・低温保存——月面生活の3要素の受注者は、セラードのプランテーション(第2話)、OSA(第4話)、85兆円の投資先(第5話)と、同じ顔ぶれになっていないか

結論は書かない。使った資料は全て公開情報である。判断は、読んだ人の番である。

(執筆: 2026-09-24 / 参照した資料の複製は全て保存済み。元リンクが切れた場合はコメントでお知らせください)


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